田舎暮らしに憧れ、いつかは田舎で暮らしたいと漠然と考えていた松田さん。須崎への移住を決めたきっかけは、地域おこし協力隊という仕事でした。

東京都で生まれ育ち、都会の喧騒の中で暮らしてきた松田さん。大学卒業後はホテル勤務を経て、その後アメリカ・カナダなどの旅行ツアーを企画する会社に勤務されていました。
カナダで3年間仕事をしていた時は、そのままカナダに移住することも考えたそう。
しかしながら、30歳を手前に日本へ帰国。東京で仕事をしつつ、国内移住を考え始めていたそうです。検討先としては、暖かい海辺と漠然としたところもあったとか。スキューバーダイビングも趣味としてされているとのことで、伊豆や四国などの太平洋側で暮らしたいと考えていました。
「バイクに乗るので、ツーリングで高知に来たことはありました」
ツーリングが趣味の松田さん。全国いろいろと行ったそうですが、高知は四国カルストを見に来られていたそうです。3月の雪の降る四国カルストの姿が印象深かったとのこと。

移住を考えつつも具体的に動き出したのは、東京で開催された「ふるさと回帰フェア」という移住相談会に参加した時のことでした。フェアでは全国各地の自治体が移住希望者に対して地元をPRし、地方への回帰を勧めています。そこで知ったのが「地域おこし協力隊」という制度。
総務省の事業で、3年間地方で住み・働くことで地域力の維持や強化を行い、地域への定住・定着につなげて行こうというものです。この地域おこし協力隊の制度を知ったのち、ちょうど募集をかけていた「高知県須崎市」の存在を知ったそうです。
この時、須崎市で募集していたのは、市の1次産業の振興を担う人材でした。松田さんは前職からは畑違いではありながらも、農業や6次産業も興味があったことから、その事業をいきなり行うのではなく、サポートする立場ということで、自分にもできるのではないかと手を挙げました。

須崎市の地域おこし協力隊に見事合格し、2013年9月には前職を辞めて須崎へ移住。移住後は持ち前のソフトなコミュニケーション力を生かしてネットワークを広げていきました。「須崎の人は親しみやすいです」移住者が一番不安に感じるのはその地域の“輪”に入っていけるかどうか。須崎の人は飲ミニケーションはもちろんのこと、親しみやすく、一人で転がり込んでも、気づけば皆友だちという感じ、と松田さんは言います。

地域おこし協力隊の仕事では地元の漁業従事者との商品開発や、既にある商品の県外でのPR、農産物の新たな商品開発や販路拡大のお手伝いなど、まだ未経験のことも多く、刺激を受ける毎日のようです。地域おこし協力隊の仕事として、これらの事業に携わりつつ、将来は人に雇われるよりも、自分で立ち上げることを考えているという松田さん。「高知県は6次産業化のサポート体制がすごく整っている。それをぜひ活用して産業振興をお手伝いしていきたい」と言います。

松田さんに地域おこし協力隊という仕事について聞いてみました。
「田舎に住みたい人には非常にありがたい制度だと思いますが、採用する行政側が十分にその制度を生かしきれてないケースが多いと思います。全国から集まった協力隊の会合の際によく話題になりますが、これはどこでもあるようです。
自分が着任して「思ってたのと違う!」とならないためには、自分が希望する自治体が協力隊をどのように位置づけているのかや、応募や面接のときその行政に近い人に聞いたりするのもいいかと思います。
しかしながら、問題があったとしても、その地域に自分が根付くための給料もらえる「助走期間」と思えば、問題なしと考える人もいるのではないでしょうか。」
 制度の始まりから現在6年目を迎える地域おこし協力隊。地域の人から慕われ、さまざまな外からのアイデアを発信してくれる分、任期満了後は、都市へ帰っていってしまうという人も多いようです。

松田さんに今の悩み事を聞いてみました。
「将来どうするか、ということは日々考えています。地域おこし協力隊の仕事は3年で終了。その後どうするかについては、まだまだ考えないと。でも今、興味があるのは“浦ノ内”という地域です。何よりも海の近くに住みたいと思っていて、海岸線のきれいな浦ノ内はとても魅力的です。」

須崎の人に魅力を感じ、須崎の産業に魅力を感じ、それを生かすお手伝いをする松田さん。意見を持ちつつ、地元の方の意見を尊重し活性化に取り組む姿勢は、地域住民にとっても信頼できる人となっています。






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