丸共味噌醤油醸造場

 
 
 
今回訪問したのは、須崎市に昔からある醤油蔵「丸共味噌醤油醸造場」さん。
 

 
「マルキョー」という愛称で地元の方々から慕われています。
マルキョーの女将、13年前にUターンされた竹中佳生子さんにお話を伺いました。
 
丸共さんの歴史は大正時代まで遡ります。
地元の方々が何人か集まり「マルキョー」という屋号で醤油屋ができました。
しかし、色々な方が関わってきたそうで、はっきりとした創業年が今となっては分からないそうです。
昭和26年、戦後落ち着いてきた頃に竹中さんの祖父が代表者となり設立、有限会社となりました。沢山の方が関わり、会社にしたあとも須崎の街の発展とともに丸共さんも頑張っていたそうです。
しかし、住み込みで働いていた蔵人さん(味を決めていた人)の急遺や時代の移り変わりと共に経営は先細り、『廃業』まで考えた時期がありました。高齢の祖父に変わり、丸共に携わった竹中さんのお父さんがお客様のところへ閉店(廃業)案内に行くと、たくさんのお客様から「無くなってもろうたら困る」との声が上がりました。
竹中さんやお父さんの中でも、思い出深い「マルキョー」。お客様の無くしたくないという熱い思いに触れ、当時のスタッフらの強い希望もあり存続を決意しました。その時竹中さんは高校生。特に関心はなかったそうですが、その時の父の決断が大きく彼女の人生を左右するのです。
その後、竹中さんは進学のため上京、卒業後は縁あって地ビールの製造会社へ入社しました。しかし、ビールの製造をしていくなかで、ふと「味噌・醤油ってもっと伝統があるんじゃないか、父が守り抜いたようにもっと土地に根付いたものなんじゃないか」と思い、帰ることを決意したそうです。
その後、一緒にビールを造っていた現在の旦那さんと結婚。結婚から約3年後にマルキョーの会社は祖父から旦那さんに引き継がれました。
「愛されている伝統調味料だけど、時代の波にのまれ存続は厳しいところもあります。だからこそやりがいがあると感じています。熱い思いを持って、日々楽しく切磋琢磨しています。」とお話してくれました。
 
丸共さんの1日の仕事内容についても伺いました!
日々注文が入る丸共さん。しかし、地区(地域)によってメインの商品が全く違うそうで、お酢がよく出たり、出る醤油の種類が違ったりとさまざま。
須崎の街中は「小桜」や「松甘」、高知市内は「さしみ醤油」、四万十町興津に行くと「桐」など、エリアごとに違うそうです。
曜日によって配送日も決まっており、最近はスーパーに卸す量も増えているそうで、出荷予定を見ながら日々在庫を作っています。
1日に2~3種類の醬油の瓶詰やラベル貼りを行い、瓶洗いや仕込みや火入れをする作業もあり(400Lの醤油を移動したり、瓶詰できるように製造ラインに回したりもしている)、各作業スタッフ、配達担当の人など、6人体制で作業をしているそうです。中には竹中さんが来る前から働いているベテランさんもいるんだとか!
竹中さんはお二人の娘さんのお母さんなのですが、周囲の協力の元、子育てもほぼ丸共でしてきたそうです!今では小学生の娘さんらは繁忙期の強力な助っ人です。
 
高知県にある醤油屋は丸共を入れて8社あり、須崎を含むこの高幡地域での醬油屋は丸共さんだけだそうです。
スーパーやお土産物屋では「須崎の醤油」として認知されてきています。
昔は一升瓶が良く出ていたそうですが、最近は小瓶もお土産として買っていく人が多いそうで、道の駅でも購入している人を良く見かけます!
丸共さんの醤油は全体的に「甘口・旨口」のラインナップになっているそうです。
 
丸共さんの醤油は須崎市内のスーパーでも購入ができます。
(味噌もスーパーで買えます!)
高知市内では中央公園にある「てんこす」、東京・有楽町にある高知のアンテナショップ「まるごと高知」では、さしみ醤油と松甘を販売しているそうです。
もちろん、丸共さんの店舗でも購入することができます♪
販売時間は8:00~17:00(定休日 日・祝)となっておりますので、ぜひお立ち寄りくださいね!
インターネット通販もあるそうですので、遠方の方はこちらもご利用ください。
【丸共味噌醤油醸造場】
ポケットすさき【丸共味噌醤油醸造場】
 
丸共さんは醤油以外にも、地元店舗と一緒にコラボ商品なども作っています。
有名なのが、同じ町内で、なんと丸共さんの斜め前のお店の『梅原晴雲堂』さんとのコラボの「醤油カステラ」。
販売から10年ほど経過していますが、人気のある商品です。
もともと「みたらしのタレ」で丸共さんの醤油を使用していたそうです。
街中のイベントにもいろいろ携わるなかで、ご近所同士いろいろと繋がり仲良くなっていくなかで、梅原さんの方から「醤油を使ったカステラを作りたい」と声をかけてくれたそうです。
色々な醤油を使って作ってみた結果、「桐」の醤油が採用されました。
カステラ以外にもバレンタイン商品で「味噌トリュフ」などにも丸共さんの商品を使用してくれているそうです。
 
竹中さんご自身もUターン者ということで、きっかけなども聞いてみました!
「醤油屋を継ぐという経緯もあったけど、これから携帯があればどんどん繋がるし、田舎にいても都会の情報は得れるし、都会へ行くのにもすごいお金を出さないと出れないというわけでもないし、須崎へ帰ってきても全然楽しく過ごせる自信がありました。携帯もここまで発達するとは思っていませんでしたけど(笑)」
笑いながらお話をしてくれた竹中さん。
竹中さん自身も、須崎は不便で何もないというのが嫌だったそうですが、そのイメージも変わり自分自身も変わったそうです。
「都会のスピード感から離れてゆっくり暮らすのはありだなと思ってました。自分の価値観の変化と体験のなかで楽しくできそうと思って帰ってきました。移動手段の車を手に入れて大人になってから暮らす須崎生活は楽しいです。帰ってきた当初は高知市内や赤岡の方まで行ってました。子どもが生まれてからは難しくなってきましたが、子育てをするにはいい環境だなと思います。」
 
竹中さんはお店以外でも須崎市内でいろいろと活躍しており、「暴走女将」とも言われてます。「すさき七夕かざり」や「すさきおひなかざり」など、たくさんのイベントで活躍中のほか、高知県の移住サポーターにも就任しています。その活動についてもお話を聞いてみました。
「すさき七夕かざりを開催したきっかけは、旦那さんの「醤油屋さんやし、季節感があることをしていこう」ということで、店先に七夕飾りをしたのがきっかけでした。その後、商店街の道筋でもやりはじめ、須崎駅前の”まっことまっこと”や”まちかどギャラリー”ができ、今現在の形になりました。子どもにお願いごとを書いてもらうってことが良い事ですよね。親に言えなかったお願いごとが書けたり、それが叶うといいなって想像を掻き立てられます。おひなかざりも同じような感じで、お大師通りでおひなさまを何年かやっているなかで、まちかどギャラリーが”おひなかざり”という名前でやり始めて、私の中でも商店街全体に広げたいという思いはあったので、奥四万十博を機に商店街の方に声掛けをして規模を広げていきました。今まで守ってきたもの、続いてきたものを世の中に新たに意味づけしていって守っていきたいです。古いものを現代に繋げることで、『こういうのがあったから今のこれがある』というものを伝え、遺してていけたらいいですね。」
 
竹中さんが思う須崎の良さについて伺うと、
「自然も豊かだけどそこそこの街だし、色んなものがごちゃまぜだけどそれがまた良いです。季節感ある食も味わえるし、THE高知が集約されてるんじゃないかなと思います。須崎には色んな人がいて、みんな明るくパワフルで、協力をお願いしても「喜んで」とやってくれる人間臭さが溢れてる、そんな須崎がすごく好きです。」
 
最後に、移住を考えている人に向けてメッセージをいただきました!
 

 
「人生は一度きり。移住と深く考えず”引っ越し”というだけなので、どこで住んでも良いわけで、もっと自由に気軽に暮らせる世の中になって来てると思います。須崎をネットで見るだけじゃ分からない、暮らして解る魅力もあると思うので、須崎にちょっと行ってみたいと思ったら是非一度遊びに来てほしいです」
竹中さん、お忙しい中ありがとうございました!
 
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【丸共味噌醤油醸造場】